診断から治療に至るために必要な一般的検査の選択とその思考過程

1)循環器疾患の診断

循環器疾患の診断は1.病歴聴取、2.身体所見、3.胸部レ線、4.心電図、5.心エコー図の主なる5つの補助手段から成り立つ。その他の補助手段として、核医学検査、MRI、CTがある。各々の検査の各疾患に対する限界を考慮し、総合的に診断する。心臓カテーテル検査は最終の診断方法であるが、1〜5の補助手段に対して必ずしも勝るということではなく、他の検査法が心臓カテーテル検査に比してより有用な情報を与えてくれることも多い。

救急室においても特別の診断法はなく、各疾患の自然歴を知ったうえで上記の循環器疾患の診断法を会得していれば十分である。これに加えて中心静脈の確保と気管内挿管ができればよい。逆に、各疾患の自然歴を知らないで救急疾患に対する診断及び治療はありえない。循環器疾患の診断法を会得するためには、病歴及び順序だてた身体所見の取り方を、卒後間もない研修医の時代に適切な指導者から学ぶことが最も大切である。

2)救急室での実際

救急室では短時間に診察をしながら、同時に患者本人または付き添い人にどのようにして症状が起こってきたかを問診する。バイタルサインに変化があれば迅速な対応が必要である。例えば、心不全にもかかわらず徐脈傾向の患者では、acidosisになっていることが考えられるので、メイロン20ml静注入、酸素を投与しながら血液ガス等を検査し、同時に心不全の治療を始める。その後の治療はその検査結果により様々に変化する。また、不安定狭心症と考えれば、点滴を確保した後、医師の管理下に胸部レ線、心電図検査等を救急室にて行う。

検査結果を待たずに2〜3分の簡単な病歴聴取と診察後直ちに治療を始めるか、検査結果を待ってから治療を始めるかの判断は、このような症例を何例も経験して初めて可能となる。救急室ではこの患者は5分後ないし1時間後はどうなっているかという予想をたてて事前に対処することが大切である。救急外来で循環器疾患を扱う医師にカラードプラー心エコー図はあまり必要ないが、断層心エコー図は自分自身で検査ができ、心のう水の有無、左室の壁運動異常、右室拡大の有無はある程度は判断できる必要がある。

3)症例の実際

以下に症例を呈示し、症例ごとに診断、治療における思考過程を述べる。

症例1;78才男性 

4〜5年前より階段昇降にて軽度の呼吸困難を感じていた。昨日の昼に田植えのため通常以上の労働をした。夜間より徐々に呼吸困難が生じ起坐呼吸となり救急外来を受診した。呼吸数は40回/分で本人からは病歴は聴取できない。初診のレジデントは患者を臥位にし、心電図をとろうとするが患者は息苦しさを我慢できず起きたいという。聴診をしようとしても肺雑音のため心雑音は聴取できない。モルヒネおよびフロセミドを使用して、患者は話が可能となった。心エコー図では左室が中等度拡大し、壁運動もびまん性に低下していた。

コメント

本例は、急性左心不全による起坐呼吸であるので臥位にはなれない。重要なポイントは、短い病歴聴取において、急性左心不全と判断すれば臥位の聴診等なしにすぐ酸素の投与およびフロセミド等の強力な利尿剤にて治療を開始することである。ギャロップリズムの有無は重要であるが、心雑音の有無は聴取不能であることを理解すべきである。モルヒネはこの状態で極めて大きな効果を期待できるが、血液ガスでacidosisがあればその使用により呼吸停止もあり得る。しかし治療に緊急性があれば、血液ガスのデータをみた後にモルヒネの使用の是非を判断するのではなく、担当医は患者のベッドサイドから離れないで呼吸停止がくれば気管内挿管するつもりでモルヒネを使用する。心不全が改善し、心拍数が安定、呼吸音が正常になり初めて心雑音の評価が可能となる。

次のステップとして、心不全の原因を胸部レ線、心電図等で精査していく。特に、肺うっ血の有無は胸部レ線が極めて有用である。身体所見ではrhonchiが多いため、気管支喘息と心不全の鑑別が困難な場合も胸部レ線にてその鑑別が可能である。

心不全は症候群であり診断名ではないので、まずその原因を追求する。その際、心機能を司どる1.前負荷、2.後負荷、3.心拍数またはリズム異常、4.収縮性、5.弛緩、6.充満の6つの因子ごとに考えるのが妥当である。心不全はこのうちのいくつかの障害により完成される。また甲状腺機能亢進症、脚気衝心、褐色細胞腫、貧血、腎不全、感染症等の心不全の原因または誘因である心臓以外の因子についても考慮する。

例えば拡張型心筋症による心不全では、左室の収縮力が低下するため、前負荷が増大し肺うっ血を生じ、左室拡大の結果後負荷も増大するという悪循環を呈する。この状態では貯留した水分の除去と収縮力を高める薬剤が使用される。一方、左室収縮力は良好だが、拡張機能低下があり左室の充満に左房収縮の関与が大きい肥大型心筋症(HCM)では心房細動により心不全になりえる。その場合はこのリズム異常を改善すること、つまり洞調律に戻すことが最初に取られるべき治療である。また僧帽弁狭窄症(MS)では、心拍出量(CO)の増加および頻脈による拡張時間の減少により僧帽弁通過血流量が増大し、左房圧はその二乗に比例し上昇する。そのため、軽症のMSであっても感染等により容易に心不全となり得る。この場合は収縮力が低下していないことが多く、治療は心拍数のコントロールと貯留した水分の除去、及び感染のコントロールである。このように心不全の治療は原疾患の評価なしには始められない。

症例2;32才男性

食生活が不規則であった無職男性。10日前より、顔のむくみに気ずき、その後むくみは全身におよび、嘔吐と呼吸困難が強くなり救急外来を受診した。身体所見では過呼吸、頻脈を呈し、血圧は触診で収縮期圧70〜80mmHg程度であったが発熱はみられなかった。内頚静脈は怒張するが、聴診所見は特記すべきことなかった。血液ガス分析では、PH;7.07、PCO2;14mmHg、PO2;108mmHg、BE;-25mEq/lと著明なacidosisを認めた。心エコー図は左室拡大はなく壁運動は亢進していた。CRP陰性、白血球も正常であった。本例は、原因不明の心不全であり、血圧が低くショック状態であるのでICUにてスワンガンツカテーテルを挿入した。そのデータは、RA ;15mmHg,PA;45/20mmHg, BP;90/60mmHg,心拍出量(CO);12 l/min,動静脈酸素較差(AVD)が1.7 vol%であった。

コメント

acidosisは血圧が低下し末梢循環が障害された場合、血圧は保たれるが細胞レベルにおける動静脈シャント効果により酸素が細胞内に供給されない場合、またはある臓器にて酸が産生されることにより生じる。それ故、著明な血圧低下が合併していなければacidosisの原因を追求することが大切である。腸管壊死、敗血症でも起こりえる。原疾患の治療が原則だが、メイロンにて補正しているにもかかわらずacidosisが進行している場合は、極めて重症であるということを認識しなければならない。

原因不明の心不全例ではスワンガンツカテーテルの挿入を積極的に行うことが薦められる。この症例は比較的急激に発症した高心拍出量性心不全であるが、AVDが小さく計算上の酸素消費量(CO*AVD)は正常範囲であるので、中枢、抹消も含め動静脈シャントによる高心拍出量症候群であることが理解できる。CRP陰性等から、敗血症は否定的である。著明なacidosis、患者が不規則な生活をしていたことから脚気衝心による心不全を考慮する必要がある。急性発症であるので、高齢者なら腹部大動脈瘤の下大静脈への破裂も考えられる。これを証明するには肺動脈のみならず下大静脈、上大静脈の採血を加えればよい。熱希釈法によるCO測定とは異なるフィック法によるCO測定の原理を知っていればこの血行動態が理解でき、治療に結びつく。

本例は、スワンガンツカテーテルの挿入直後にビタミン剤を静注し、その1時間後より尿が流出し始め、徐々にacidosisが改善し、COも正常化した。

症例3; 58才男性

1年前に肺ガンにて入院、放射線療法にてほぼ治癒状態と考えられていた。2〜3日前より増悪する起坐呼吸と全身浮腫を主訴として来院した。来院時、洞性頻脈、著明な内頸静脈の拡張がみられたが、ギャロップサウンドおよび有意な心雑音とも聴取できなかった。

コメント

病歴と身体所見より、肺ガンの心外膜への浸潤による心タンポナーゼが極めて疑われる。奇脈があれば心タンポナーゼである。心のう水の有無を断層心エコー図でチェックし、あれば直ちに心のう穿刺が必要である。心不全と考えて通常どおりに利尿剤、イノバンを使用しても症状の改善は期待できない。もし、この症例においてガンの病歴がなく2〜3日前より出現した背部痛の病歴があれば解離性動脈瘤も考慮する必要がある。その場合は造影CT、経食道エコー、血管造影を緊急に施行し(このうち、どれが第一選択であるかは病院により異なる)、確定診断する。DeBakey I型の解離性動脈瘤が判明すれば急性期でも手術が第一選択であり、みだりに心のう穿刺することは好ましくない。

本例は心エコー図にて大量の心のう水貯留が判明し、心のう穿刺にて症状は極めて改善したが、ガン性心のう炎であったため3カ月後に死亡した。

症例4;58歳男性

4〜5年前より検診にて左室肥大を指摘され、HCMと診断されていた。飲酒後に動悸と冷感が突然出現、救急外来へ搬送された。血圧は70/55mmHgと低値で全身冷感著明、末梢動脈の触知は微弱であった。脈拍は70/分、心拍数は120/分の頻拍性心房細動であった。2/6度の収縮期雑音がRRが延長した時にのみ聴取された。HCMに合併した心房細動と考え、ラボナール100mg静注後に100Wで電気的除細動、洞調律に復し冷感は消失、血圧の上昇をみた。

コメント

まず最初に、本例の血圧の低下と頻拍性心房細動の関連を考える。もし、正常心臓に生じた発作性頻拍性心房細動ならこのような血圧の低下はみられず、その場合、治療に緊急性はない。患者を安心させると同時に脈拍数をコントロールすることが当面の治療目標である。しかし、本例のように心房細動により血圧が低下し冷感を伴うことは正常心臓ではありえない。心房細動の出現で心房の収縮が消失すること及び心拍数の上昇に伴う拡張時間の短縮により左室拡張障害を生じて血行動態が極めて悪化するというHCMの自然歴を知っていれば診断、治療が可能である。

症例5;49歳 男性

生来健康であったが、2〜3日前より持続する背部痛とともに呼吸困難患が徐々に出現し、救急外来へ搬送された。身体所見ではギャロップリズムと1/6度の大動脈弁閉鎖不全症(AR)を思わす雑音が聴取された。胸部レ線で著明な肺うっ血像であり、心エコー図では左室拡張末期径は6.5cmで駆出率は53%であった。上行大動脈の拡大がみられたが大動脈弁は正常で大動脈解離を思わすflapも同定できなかった。

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この例では、ARの存在と心不全をどう関係づけるかを考える。そのためには、慢性ARの自然歴として左室が徐々に拡大し、壁運動が低下し初めて心不全となることを知っておく必要がある。ARに心不全を伴うと、左室拡張末期圧の上昇によりARの雑音が小さくギャロップサウンドしか聴取しないことも多い。ARの雑音が大きく拡張期全体に聴取できればARによる心不全の身体所見とは異なる。本例では、左室の拡張が軽微であり左室壁運動の障害も軽度であることが慢性ARによる心不全には矛盾する。しかし、急性ARであれば矛盾しない。急性のARを呈する疾患は、DeBakey I型解離性動脈瘤、心内膜炎による大動脈弁の穿孔、大動脈炎等による急性の弁輪の拡大である。背部痛があったこと、および上行大動脈の拡大があることより本例ではDeBakey I型の解離性大動脈瘤を念頭に置く必要がある。断層心エコー図は多くの情報を与えてくれるが、良好なエコーが得られなければ心エコー図の限界と考える必要がある。上行大動脈は心エコー図の弱点の1つであり、flapがなくとも拡大があれば動脈瘤を疑うに足るデータである。

本例は急性ARによる心不全を合併したDebakey I型の解離性動脈瘤と判明、手術となった。

症例5;80歳 女性

胃ガン手術後5日目に、病棟にて急に呼吸困難を訴え、血圧が下降した。血圧は80/60mmHgと脈圧が低下し、脈拍は100/分、心電図は洞性頻脈でQRS、ST部分は術前と変化がなかった。動脈血ガスはPH;7.10、PO2;50mmHg、PCO2;30mmHg、BE;-5.0mEqであった。

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術後5日目で安静臥床であるということ、急激な発症であることからまず肺梗塞を考える。肺梗塞では、心電図では教科書にあるような特徴的な所見はないことも多く、このような場合、断層心エコー図は右室拡大に対する感度は高く極めて有用なデータを示してくれる。血液ガスのデータも肺梗塞を支持する。本例は、その後すぐに徐脈から心肺停止となり蘇生できなかった。断層心エコー図では極めて右室が拡大し、右房から右室へ通過する浮遊血栓がみられた。

症例6; 70歳男性

心肺停止で搬送された症例。原因は全く不明である。気管内挿管、心臓マッサージがなされるなか、ひとりのレジデントが駆血帯を上枝にまき血管を確保しようとしていた。

コメント

心肺停止のため血液の循環がない場合には、抹消静脈からの点滴は意味をなさない。このような時のために中心静脈を確保できる技術が必要である。

心肺停止またはそれに近い状態で来院した例のうち最大でも約10%位しか自力で歩いて帰院することはできない。ガンの終末期では蘇生をしても仕方がないが、原因不明の心室細動または心筋梗塞に合併した心室細動では急性期さえ乗り切れば比較的予後がよい。必ず心肺停止の原因を考え、患者に関する情報がない時は蘇生をあきらめてはならない。

症例7; 68歳男性

早朝に一過性の意識消失が出現したため救急車で病院へ搬送されたが、救急外来受診時は心電図も正常で神経学的にも異常はなかった。病歴をよく聞いてみると、以前も早朝に同様の症状があり、今回の意識消失の前に軽度の胸部圧迫感が伴っていたという。本例は入院後、ホルター心電図にて症状に一致して完全房室ブロックとII、III、aVfでのST上昇が証明された。

コメント

意識消失または、それに近い状態で運ばれた時、循環器疾患で忘れてはならないのが異型狭心症である。意識消失の前に朝の軽労作で誘発される胸部圧迫感があれば異型狭心症も念頭に置く必要がある。

徐脈による意識消失例では、通常は意識消失後1時間程度を経過していても、心電図でII度またはIII度の房室ブロックを呈することが多い。しかし、病歴で意識消失前に必ず早い動悸の発作が伴っていれば、救急受診時は正常心電図であっても心房性頻拍症または頻拍性心房細動停止後の徐脈である可能性もある。

最後に強調したいことは、救急医療に特殊な知識は不要である。特に研修医の方々は、新人のうちに正確な病歴と身体所見がとれるようなトレーニングをすればどんな患者の前でなんらあせることはない。